刻羽空也が一日一題を目標にゆるーい感じでお題を消化してました。(過去形)

投げるところに困った物を取り敢えずでぶん投げる。


Wyrd EP7 エディグ様の隣でシーセが笑った話
 シーセが笑った。

 それも、漸く見慣れたと言えるようになってきた目を細める仕草ではなく、最近出番の多い手本のように整った営業スマイルでもなく、あんまりにも微笑ましくておかしくて堪えきれずくすりと声が漏れてしまった、という類いの、眉尻の下がった、年相応の無邪気さすら垣間見える笑みだ。
 ある者はぽかんと、またある者は嬉々として、ある者に至ってはぎょっとしながらその笑みに視線を向ける。ただでさえ溢れ出た笑い声だけで耳を疑いながら振り返るのに十二分なインパクトがあるというのに、何故今笑ったのか分からないという状況の不可解さが「皆で揃いも揃って凝視する」という光景を生みだしていた。
 例えばだが。子猫が毛糸玉を転がして糸に絡まってひっくり返ったりしていたら、無表情が板に付いてしまったシーセだってこんな風に笑うこともあるだろう、と満場一致で頷くのだが。そんな愛らしいおかしさは、此処には微塵もない。

 ――なんで親の敵の宿敵と肩を並べて共闘せざるを得なかった襲撃事件後に、その顔で笑った?

 危機は脱して一段落ついたところではあるが、確かに気を緩めていいタイミングではあったが。周囲には新鮮な亡骸が転がっていて、なんなら口元を緩く覆ったシーセの手には若干の返り血だって付着している。
 可愛い笑顔は大歓迎だけどどうしてこんな場違いな時に、と歓喜半分混乱半分の兄がやっとの事で「あのー…?」の声を絞り出す。ぱちり、と目を瞬かせたシーセが「ああ」と緩く呟いて、隣の宿敵に視線を向ける。
 見詰められて気まずそうに視線をさ迷わせるエディグというのも相当にレア物なのだが、この場にいる大半の人間はエディグに対して興味がないので、口を半開きにして固まったのは甥っ子だけだった。
「貴方でも間違えることがあるんですね」
「…それを貴方が言いますか?」
 シーセにはエディグの何かが笑えてしまえるほど物珍しく見えたのだろう、それも恐らく可愛らしいとか微笑ましいとか表現される方向性で、と皆が察せてしまう些か弾んだ声音に、エディグが観念したようにふっと息を吐く。愛想笑いではない穏やかな笑みと眼差しとを返されて、確かにと納得したらしいシーセが「それもそうですね」と素直に頷く。
 この二人の間には言葉少なでも伝わる確かな何かがあるのだな、と認めざるを得ないがこの場の過半数が認めたくはない空気感が、僅か数秒であるにも関わらず無視しきれない存在感を伴ってそこにあったのだが。
 呆気ないほどあっさりと、二人の遣り取りはそれで終了した。さて気を取り直して現場の片付けを、と何事もなかったかのように見慣れた横顔に戻っている。
「はいせんせー!二人の世界見せ付けからの置いてけぼり解説なしはブラコン達の心に傷ともやもやを残すっぽいのでなにが面白かったのか説明してもらってもいいですか!」
 ちょっと待ってくれ、今ので終わらないでくれ、と年少者の立場を果敢に武器にしていくことに定評のある最年少が、周囲に追い打ちを掛ける類いのフォローのようななにかと共に、指先まで姿勢正しく挙手をする。不肖の弟子がこんなことを言っているのですが、とシーセがエディグを見やれば、口止めをするほどのことでもありませんのでどうぞお好きに、と発言を促すジェスチャーが返された。相変わらず言葉は不要の通じ合いっぷりだが、この程度なら第三者からでも理解ができる。
「襲撃に対する初動として。オレが前に出て、この人は横にいたペリオスを下がらせた」
 前衛、中衛、後衛の配置として、この並びは正しい。それぞれが得意とするポジションに収まった形で、戦術的には合理的と言える。
 エディグがなにかを間違えたらしい、という状況への解説としてシーセが語り出したそれに、この段階で納得した顔をした者のほうが少ない。こういうときの内訳をさらりと確認して記憶に留めておくのがエディグの遣り口だったりもするわけだが、それは兎も角。
「咄嗟に、『神子を盾にして甥を庇った』ように見えるだろう」
 人間関係の機微に敏くなることで身を立ててきた弱小貴族の立ち回りとして、これは非常に不味い。忠誠心を買われて神子の世話役を申し付けられている現状、見咎められて上位の貴族から因縁を付けられれば一発退場ともなりかねない重大な不祥事だ。
 が、今回は幸いなことに目撃者はいなかったようだ、と一段落付いたところで周囲の様子を確認してエディグがほっと一息吐いた、ことに気が付いたシーセが堪えきれず笑い出したのが事の顛末だ。「俺そんなの全然気にしてなかった」、「謀略に填められんなよ気を付けろ」、等々の小さなざわめきを、掲げた手を降ろした最年少の「貴族って大変なんだね」の身も蓋もない雑な纏めが締めくくる。
 そうして各々が反省点を見出したりもしつつ、本格的に後処理を始めるために役割分担をして方々に意識が散り始める、ところで、シーセがぽつりと呟く。
「立ち回りへの配慮よりもオレへの信頼が勝っていたようで、少々嬉しかった」
「仰る通りですから、そういうことはわざわざ口に出さないでください」
 照れくさそうなはにかんだ声音で再び一同の視線を独占するシーセの、何気なく思ったことを溢してしまっただけで特に何も狙ってはいなかった天然のあざとさに、お願いだから止めてくださいと懇願するエディグの顔は、いつもよりほんの少し血色が良かった。
  • 刻羽空也
  • 2022/04/30 (Sat) 20:22:13

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