刻羽空也が一日一題を目標にゆるーい感じでお題を消化してました。(過去形)

投げるところに困った物を取り敢えずでぶん投げる。


レリマル 深夜の電話
 電話の着信音に起こされた。
 枕元でけたたましく鳴く携帯電話を手に取る。時刻は深夜三時、相手は二十年来の同期。
「…ぁい」
 「はい」にならなかった、自分でも寝起きの声過ぎるなと驚くぐらいに間の抜けた音をマイクに投げつつ、深夜に叩き起こされるだけの思い当たる節はあっただろうかと、眠りにつく前の今日一日を反芻する。
 ジリジリと気力も体力も何もかもを削られ続ける長丁場の厄介な仕事が漸く終わって、やっと一息つけると思ったところで発生したトラブルに駄目押しを喰らい。疲労困憊過ぎて味の分からなくなったゼリー飲料を流し込み、返り血のせいで翌朝に回せなかったシャワーを浴び。掛け布団を肩までたくし上げたかは記憶が定かではないが、どうにか寝床までは辿り着いた。片付いていない後処理が山積みになっていることは確かだが、夜更けに説教を喰らうほど差し迫ってはいない筈だ。
「……迅?」
 残るは緊急で対処しなければならないトラブルが追加発生した可能性ぐらいだがそうであって欲しくはない、と寝起きにしてはそこそこの速度で回った頭が祈りの姿勢に入ったところで、それだけの間を置いて漸く、スピーカーから声が聞こえた。掛けて来たのは其方だろうに、話し相手の正体を恐る恐る探るような、不安げな呼び声。
 ああそうか、とすとんと腑に落ちる物を感じつつ、一度深く息を吐いてから、寝惚けた声のままで返事を返す。
「はーい、俺でーす…」
「あー、えっと。寝てた?」
「そりゃあ。今何時だと思ってんの」
「なんじ…」
 画面に並んだ数字も確認せずに掛けて来たんだな此奴、とたじろいだ声に呆れながら寝返りを打つ。今し方電話に出るついでに時刻が目に入った実体験があるからこそ、相手の視野の狭さがどれ程のものだったのかがまざまざと見て取れる。
「お前は?寝てなかったの」
「いや、僕も寝てた、んだけど」
「ん」
「…悪い、ちょっと寝惚けてた」
「そ」
 特に用はないが掛けてみたかったとか、声が聞きたかっただけだとか。そういう類いの台詞を言えない相棒の、「間違い電話だ」の下手な言い訳を追求はしない。
 今日、日付で言えば昨日、「同僚だったもの」を二人掛かりで手に掛けた。無茶をしすぎて壊れた同類を、相棒が取り押さえて、この手が撃った。「万が一の時にはひと思いにやってくれ」という当人の要望に十分に応えられた、いい連携が取れたと思う。そういう日の夜が、今だ。
「寝直すけど、いーい?」
「あー、うん。明日も、仕事山盛りだもんねぇ」
「お前も早く寝なさいよ」
「はは…」
 覇気のない乾いた愛想笑いが、それはもう分かりやすかった。真夜中に震えながら電話を掛けてくるような男の夢見は、二度寝を躊躇するぐらいに酷かったのだろう。とはいえ寝ずに話し相手をしてやる余力は無いし、それで明日の仕事中に倒れでもしたら血の気を無くすのは相棒一人では済まない、大惨事だ。お互い部下を持つ身である以上、こういうときに平静を装って職場の空気を落ち着けるのも仕事のうちだった。
 黙って五つ数える。向こうが電話を切る様子はない。恐らく、切るべきだと葛藤はしている。面倒くさいという気持ちも大いにあるが、放っておけないと思うだけの情もある。夢も見ずに泥のように眠れてしまう自分が恵まれているような気がして、ほんの少し申し訳なくもあった。
「あのさ」
「えっ、あ、うん」
「明日の午前中、役所回りして、事務所顔出すのは昼からの予定だっけ」
「そう。どうせ今週中にもう一回行くようだろうけど」
「…前に、お前、総菜がうまい店があるとか言ってなかったっけ、そっちの方」
「彼処らへん…ああ、稲荷おこわが美味しいとこ?」
「買ってきてよ、明日の昼飯。俺の分も。叩き起こしたの、悪いと思ってるんでしょー?」
「お詫びの差し入れ?僕の奢り?」
「うん」
「…しょーがないな、分かったよ」
「はぁい、よろしく。じゃーまたあしたー…」
「ん、おやすみ。…ありがとね」
 携帯電話を元の位置に戻す、だけの力が湧かず、その場にぽとりと取り落として目を閉じる。外で食べてから来たと嘘を吐いて食欲の無さを誤魔化しそうな相棒も、こう言っておけば一緒に食事を取るしかないだろう。
 あとはこの電話の内容を忘れて自前で昼食を用意してしまわないよう翌朝の自分に託すだけだが、瞼の裏に走らせるメモ書きは、眠気にやられて文字の形を成していなかった。
  • 刻羽空也
  • 2022/08/16 (Tue) 23:29:41

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