刻羽空也が一日一題を目標にゆるーい感じでお題を消化してました。(過去形)

投げるところに困った物を取り敢えずでぶん投げる。


夢幻運命 8月15日
 世界を滅ぼす「闇」の復活を阻止するため、「封印の地」の守護と、来たる「千年目の年」に立ち向かう戦士を育成するために設立されたグリモワール学園には、「神子」と「勇者」が存在する。学年の垣根を越えて高等部の精鋭達が集められた部特別実技クラスに所属し、寮長という大役も担っている彼らは一般生徒達からの羨望の集める二大巨頭であり、青春に浮き足立ったお茶会の定番議題が「神子様派?勇者様派?」になる人気者っぷりだ。
 神子こと高等部一年生のシーセはにこりとも笑わないミステリアスな美少女、のように見える華奢な美少年で、勇者こと高等部三年生のハルは可愛らしさとあどけなさを感じさせる人懐っこさと戦士としての逞しさを兼ね備えた青年で、くっきりはっきりとタイプが分かれているのも「どっち派?」の問いが定番になる所以だ。
 静と動、繊細さと頼もしさ、高嶺の花と気さくな先輩。真逆に見える二人だからこそ合わさればその人気はより盤石な物になる、ということを、実は食わせ者のハルが誰より理解していて、人前でだけ積極的に仲良くして裏では「今に目障りなお前を始末してやる、世界を救うのは『神子と勇者』じゃない、『勇者』一人で十分だ」と真っ向から敵意と殺意を向けていたりする。実は素直で大人しいシーセは、文句ひとつ言わずハルが仕掛けてくる「ビジネス親友」の演技に合わせて振る舞っている。
 勿論そんな実態は知らない一般生徒達は、お互いを見付けた神子と勇者が相手に声を掛けようとすれば「我々のような下々の者があのお二人を阻む壁になってはいけない」とばかりにさっと道を空ける。何より、笑顔で駆け寄ったり駆け寄られたりする仲睦まじい様子は生徒諸君の心の癒やしだった。
 今日も今日とて、食堂に入ってきて親友の姿を探すシーセに気付いた近場の生徒達がそっと場所を空けて「勇者なら彼方に」と指し示し、憧れの神子に「ありがとう」と軽く手を挙げて謝意を示されて光栄の極みと震えている。
「ハル。お前の誕生日を祝いたい。場所を変えてもいいか」
「え、誕生日?俺の?」
「…忘れてたのか」
「逆になんでお前は覚えてんの、そんなに俺のこと祝いたかったの~?」
「…そうだな」
「え~、やめてよそんなに素直に頷かれたら照れちゃうだろ。いいよ、場所変えよ!」
 これ以上みんなに見られてるの恥ずかしい、と顔いっぱいに幸せそうなはにかみを浮かべて席を立ったハルが、シーセの両肩をガシッと掴んでクルッと回して、早く行こうと背中を押す。肩を組んで早足に食堂を出て行く二人の後を付ける生徒はいない。仮にいたとしても、寮長権限がないと入れない会議棟の中庭にまで忍び込むような恐れ知らずはこの学園では生き残れない。
「で、なんの口実?」
「口実じゃない。本題だ」
「…え、本気で俺の誕生日祝う為に呼びに来たの?」
「ああ」
 人目がなくなると同時に笑顔もなくしたハルが、鬱陶しそうに歪めた顔をきょとんとした驚きで解く。真っ黒い睫毛で縁取られた赤い目を大きく見開いて、ぱちくりと目を瞬かせる。
「ケーキを作ってきた」
「つく…作らせたの意味で合ってる?」
「いや、オレも手伝った」
「…はぁ?」
 ナイフとフォーク以上に重たい物を持たなくていい筈の生粋の貴族生まれがなんで厨房に立っているのかと、庶民生まれのハルが如何にもガラの悪い声を出す。一方のシーセはといえば、日に焼けていない真っ白で綺麗な手で淡々と、事前に運び込んでいたお茶会のセットを広げている。
「お前の口に合うように調整はしたつもりだ」
「………」
「毒味は必要か?」
「…お前のほうが毒耐性強いんだから、幾らでもパフォーマンスのしようがあるじゃん」
「そうだな」
 隙あらば殺してやると宣言している相手に差し出された食べ物を睨み付けるように見ているハルにシーセが提案し、先に口を付けたところで信用できないと切り捨てられてあっさり引き下がる。
「これとは別にプレゼントもあるんだが」
「…なに」
「開けてくれ」
 綺麗な包みをわざとビリビリのボロボロにして取り出した小箱の中には、剣を腰に釣り下げるためのベルトが入っていた。とてもハルには買えないし支給もされないような、上等な皮に、上等な細工をしてある。それでいてあくまで拵えはハルの所属する国や寮に合わせてあって、贈り主が明確になるような作り方はされていない。
「そもそも、なんで誕生日なんか祝うの。貴族様の考えることは分かんない」
「オレの側の風習であって、お前の習慣にないことは把握している。押し付けて申し訳ないが、オレが、お前が生まれてきてくれたことに感謝しているのは表明しておきたかった」
 国を超えて、この学園に集っている。豊かさの違う国に生まれて、その中でもシーセは一番上に、ハルは一番下に生まれた。ハルにとっては自分の誕生日もその他の誕生日も個人を識別するためにリストに記述された数字でしかなくて、シーセにとっては祝うべき特別なものだった。
「オレも、『闇』も、お前が討つんだろう。お前のその手で、その剣で」
「ああそう、ボロボロの身なりの奴に殺されたくないんだ。神子様ってそんなところまで贅沢な我が儘が許されるんだね、ムカつくなぁ」
「…どういう身なりでもいいが、取り落とされては困る」
 実力を発揮しきれる十全な装備でいて欲しいだけで見た目の問題では無い、とシーセが弁明するが、それでハルの怒りが削がれるとは思っていない。存在そのものが癇に障るような腹立たしさは少しの言葉でどうこうなるものではないと、お互いに分かっている。
「ケーキ、お前のとこに取り分けたのも半分ちょーだい?そしたら食べ物も贈り物も受け取ってあげてもいーよ」
「…分かった」
「あは!俺ね、シーセのおねだり聞いてくれるところはすーき」
「………」
「貰ってくれてありがとう、まで言ってくれたら機嫌直しちゃうんだけどなー?」
「…ハル。生まれてきてくれて、オレに祝わせてくれてありがとう。オレの勇者が、お前で良かった」
 シーセは、どんな時でも笑わない。怒ることも泣くこともなく、いつだって綺麗過ぎる無表情から顔色を変えない。神子だから、変えてはいけない。そうやって育てられたらしいことは、仮初めの親友であるハルだって知っている。
 嫌がらせの我が儘に、シーセにできる一番笑顔に近い表情をされて、目を細められて、流石のハルも少し困った。気に食わない嫌いな相手になら何をしたっていいし、どんな嘘を吐いたっていいし、剣を向けても構わないと思っているから。
 そんな顔をされると少しだけ好きになってしまうから、少しだけ殺しにくくなってしまうから、少しだけ、困る。
「ねえ。これおいしいんだけど、次って無いよね」
「…つ、ぎは」
「味だけ覚えさせて後は面倒見ないって、ほんっと貴族様の気侭な御慈悲いいご身分。…お前のそういうとこ、大嫌いだよ」
「…ああ」
 世界の滅びが予告された、「千年目の年」。千と一年目になる次の誕生日にはきっと味わえないケーキを、シーセは噛み締めるようにゆっくりと食べて、ハルは乱暴に手掴みで口に放り込んだ。
  • 刻羽空也
  • 2023/08/16 (Wed) 00:01:01

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