刻羽空也が一日一題を目標にゆるーい感じでお題を消化してました。(過去形)

投げるところに困った物を取り敢えずでぶん投げる。


佐狐兄弟 4月13日
 4月13日、夜10時過ぎ。「今家にいる?」「いるけど」「近くにいるからちょっとだけ顔出していい?」のメッセージの遣り取りから10分後。事前予告付きで鳴らしたチャイムは、すぐに本日の主役を玄関まで寄こしてくれた。
「はいこれ、誕生日プレゼント」
 開口一番おめでとうと紙袋を差し出せば、虚を突かれた顔をしながらも、ドアノブから手を離して玄関ドアに寄り掛かって身体で押さえて、両手を空けて受け取ってくれる。が、思ったより長い間きょとんとされたままで、暫く無言の時間が流れて、段々と焦りの感情が迫り上がってきて喉から弱った声が出掛かった頃、漸く兄がポツリと言葉を落とした。
「覚えてたんだ」
 20年以上離れていて、その間一切関わりを持たず風の便りに様子を窺うことすら避けていた。そんな相手の誕生日を覚えているとは思わなかった、と、郭和は言う。嫌味の色も喜びの色も乗っていない、しかし無感情と言ってしまうのは違うような、何処か儚げな声色だった。
「お兄ちゃんだって覚えててくれたでしょ」
「うちは、本人不在でも毎年やってたから」
 条件が違う、と半年前にちゃんとプレゼントをくれた律義な兄が首を横に振る。自分から積極的に覚えていようとしなくとも寧ろ避けようがなかった、両親がいない息子の歳を指折り数えているからどうしたって意識せざるを得なかったからだと言われれば、確かにと頷かざるを得なくはある、が。
「ヒロ、ご両親のお誕生日覚えてる?」
「…覚えてる」
「じゃあ一緒」
 命日に線香を供える仏壇すらない、祝うことのなくなった家族の誕生日をまだ覚えているなら、それはきっと同じ気持ちだ。似ているところを探す方が難しい義兄弟を自負しているが、全く重なるところがないわけではないことも自認している。郭和が、呆れて諦めたように小さく笑ってくれた。
「これ何?」
「眠れぬ夜のお供セット。ハーブティーと、お腹に優しいちょっと摘まめるお菓子と、あとルームフレグランス」
「…あんまり男から男に贈るチョイスには見えないんだけど」
「ごめんね僕の女子力が高いばっかりに!でも悪くないでしょ?」
「実用的な消え物贈ってくるあたりはお前らしいと思うよ」
「…えっと。じゃあ僕はこれで!」
「え」
 残り香という存在感だけ残して失せるところが実にらしい、と棘を込められたのを察して退散しようとしたところで再び虚を突かれた顔をされる。玄関先で受け渡しをするだけのつもりで来たのだが、そういえばそのことをメッセージで明言してはいなかった。
「お前が来るらしいよって言っちゃったんだけど」
 ごめんとは言葉にこそしないが若干申し訳なさそうな気配を醸し出している兄の後ろ、廊下の向こうに、タイミング良く来客の様子を窺いに来た両親が顔を出す。ウキウキと茶碗を選んでもてなしの茶を用意している所だったのだなと手に持った品から見て取れてしまう両親が、どうも要件はもう片付いてしまっていて、上がっていくつもりではなかったらしい、と察してくれて見る間に表情がしょんぼりしていく。
「…すみません、あのー。本当に夜分遅くに押し掛けてしまって申し訳ないんですが、折角なのでお茶だけご馳走になっても…」
 とてもではないが、勝てなかった。ぱぁ、と華やいだ空気で小躍りをしながらいそいそと仕度に戻っていく両親の好意を、どうしても無下に出来なかった。
 道を空けてくれた兄が、今度こそクスクスと喉の奥で笑っている。
  • 刻羽空也
  • 2024/04/13 (Sat) 11:35:42

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